初めて会った、というか遭遇したのは四代目の就任間近の任務帰りの森の中だった。
この任務が終われば先生は上忍師の任を解かれ、火影となる。カカシと共にする最後の任務だった。

「ここで休憩にしようか。」

上忍師は木の葉の里がもう目と鼻の先という場所で足を止めた。特に休憩など必要のない所だった。きっと自分に気を遣ったのだろうな、とカカシは子供心に苦笑した。
小川が流れる、若草萌ゆる湿原だった。降り立てばサンダルの間から今まだ春先の冷たい水が指の間に流れ込んできてこそばゆい。

「ねえカカシ、これからはあまり頻繁には会えないけど、これから先もずっと俺は、お前の先生だよ。」

やっぱり、そういう会話をしてくると思ったよ、とカカシはやれやれと肩の力を抜いた。

「心配しなくてもちゃんとわかってますよ。」

上忍師の四代目就任と共にカカシには暗部への昇格が控えていた。上忍としての任務よりも暗部での実践経験を学ばせろとの上層部の見解だった。さして問題があるわけでもなく、本人にもそれなりにやる気があるとのことでそれは当たり前のように決定された。ただ、上忍師であったこの男だけは反対していたが。

「君にはもっと、人として学んでもらいたいことが沢山あったんだけどねえ。」

「沢山学びましたよ、嫌ってほど色んなことをね。」

カカシの言葉に上忍師はそうかい?と少し切なげに笑った。が、その顔がぴくりと緊張した。カカシは気付かなかったが、上忍師の態度で身を強ばらせる。木の葉に近いこの場所で敵と遭遇することはほとんどないに等しいはずだが、世の中には決してありえないと言って起こってしまうことのなんと多いことか。
上忍師はすうっと目を細めた。そしてはっとして視線を後ろに向けた。そこにはいつの間にか霧が立ちこめていた。どう考えても尋常じゃない。

「カカシ、無闇に動くな。」

その言葉にカカシは無言のまま従う。やがて、その霧は出てきたときと同じように唐突に消えていった。そしてそこに現れたもの、それは1人の男だった。
湿原に横たわったその男は憔悴しきっていて、と、言うか気を失っていた。
上忍師とカカシは警戒しながらも男の側へと行き、身元の確認をする。
調べていた上忍師は最初木の葉の人っぽいんだけどなあ〜、とぶつぶつ言っていたが、その内に無言になった。

「カカシ、この人俺たちの隠れ家に運ぼうか。」

唐突の言葉にカカシは驚きを隠せなかった。

「身元不明なのに?」

隠れ家は今は亡き親友との思い出が詰まった場所だっただけに少々気が咎めたカカシだったが、上忍師が言うのだ、何か理由があるのだろう。
一度は不満を口にしたものの、カカシは頷いた。そして上忍師は湿原の水で濡れてしまった男を、カカシは荷物を持って隠れ家へと向かったのだった。

 

それから隠れ家にて男を寝かせて濡れた服を着替えさせた。男は体中傷だらけだったが、今付いたものはほとんどないようだった。死に至るものではなさそうだが、それよりもこの憔悴加減、やはり尋常ではない。まるで何かの術を酷使した後のようだ、とカカシは思った。

「カカシ、この人は恐らく禁術を使ったんだろう。この消耗ぶりはいくらなんでもおかしい。それにたぶんだけど、この人の使った禁術は、俺の知るものだと思う。」

「なんでそんなことが分かるんですか?」

「色々なものから推測はできるんだけど、カカシ、君に話すことはできない。いや、関わってしまった以上、カカシもちょっと巻き添えを食うかもしれないけど。でも、まあとりあえずこの人を里の中に入れるわけにはいかない。けれど敵ではないよ、ドッグタグが木の葉のものだし、腕に木の葉の暗部のものが彫られていた。暗部の入れ墨はそう簡単に真似はできないし外すこともできない。身元は木の葉の者で合っているから。」

「そこまで分かっているならこんな小屋じゃなくて病院で介抱してあげればいいんじゃないですか?禁術の影響って言ったってその人を隔離すればいいだけなんじゃ。」

「カカシ、だめなんだよ。禁術の影響がどんな形で出てくるか分からない以上、被害は最小限に留めておかないと。」

なんだか恐ろしい感染症の人に関わったみたいな気分だな、となんとはなしに思ったカカシだった。

「それだけにこの人に一刻も早く事情を聞きたいんだけど、この状態じゃあいつ回復するのか分からない。カカシ、悪いけど俺はこの人を三代目に報告するから君はここで彼を看病しててくれるかな。今回の任務報告も俺がしておくから。」

「え、でも感染するんじゃ。」

「ん?感染ってなに?」

「禁術の影響は感染症なんじゃないんですか?」

カカシの言葉に上忍師は苦笑した。

「その人と関わりを持つと、と言う意味だよ。別に変な病原菌を持ってるわけじゃないし、そんな目に見えないものが俺に判断できるわけないでしょ?」

あはは、と笑う上忍師にカカシはもう下手なことは突っ込まない方がいいだろうと判断した。なんだかよく分からないが上忍師の頭の中では理路整然とした解釈がちゃんとされているようだし。

「わかりました。では先生は報告を、俺は責任持って見てますから。目が覚めたり何かあったら式で連絡します。」

言うと上忍師はほっとして頼むよ、と言って隠れ家から出て行った。それから微かではあるがピリ、とした感覚が走った。どうやらこの小屋を囲むようにして薄く結界を張ったらしい。カカシが気付いたと言うことはカカシにはあまり影響はない、つまりはこの男をこの小屋から出さないための結界と言うわけか。随分と仰々しいことだ。
残されたカカシはとりあえず憔悴している以外に体に異変はないか、怪我がないかもう一度確認して、もしも起きた場合に何か食べるかな、と食べやすいものを作った。
しかし男はなかなか目を覚まさなかった。その間に上忍師が戻ってきて、男の処遇が決まった旨を報告に来た。

「しばらくはこの隠れ家の中で軟禁状態にすることになったよ。結界には気付いているね、カカシは通れるようになってるから。理由はわかるね、彼と接触する人物は極力少ない方がいいと言うことは三代目とも同じ意見だったんだよ。ここは里から少し離れた場所だけど、万が一人と出会ったりしたらまずいからね。と、言うわけで必然的にこの人は俺とカカシで世話をすることになったんだけど、俺四代目就任、明日なんだよね。」

上忍師が困ったように笑っている。決して悪意があるわけではないと分かってはいるが憎たらしい。

「はいはい、分かってますよ。しかも新婚ほやほやで奥さんのお腹には赤ん坊もいるんでしょ、耳にたこができてますから勘弁してください。俺が面倒見ますから。」

「うん。ごめんね、立場上俺は頻繁に身動きできなくなるから。まあ、カカシも暗部っていう新しい環境にはなるけど、身動きは俺よりも取れるし、俺の方からそれとなくあまり里外の長期任務に就かせないようにするからさ。」

それって職権乱用だなあ、と思いながらカカシは頷いた。

「じゃあ俺はしばらくこの隠れ家で男と生活すればいいわけですね。」

「うん、よろしくね。」

純粋にお願いされてカカシは苦笑した。まったく、この上忍師は憎めないのだから仕方ない。
それから数日の間、カカシは分身を使って自宅から必要なものを隠れ家に移動させたり買い物したりとばたばたと準備した。四代目の就任式もちらっとだけ見た。馬子にも衣装だと思った。
それから数日が過ぎ、男を拾って一週間が過ぎてやっとそいつは目を覚ました。
男は最初ぼんやりとしていたが、カカシの姿を確認すると慌てて臨戦態勢を取った。なかなかいい反応だ。さすが暗部と言うだけはある。

「警戒しないでよ、殺すつもりならもうとっくに殺してるでしょ。尋問するつもりなら拘束してるはずだし。」

カカシの意見に男は多少納得したのか、とりあえず臨戦態勢は解いた。それでも警戒心はみなぎっていたが。

「今上司に連絡してるからちょっと待っててね。」

カカシは小鳥の式に託して窓から放った。

「ここは、木の葉の里の中なのか?」

「悪いけど必要最低限の会話以外はするなと言われてるんだ。」

それでも木の葉の額宛てをしていたりと何かと外見で情報は与えているようなものだけどね、とカカシは警戒心を解かない男をみてやれやれと思った。
それから数刻して四代目は三代目まで連れてやってきた。あんまり人には会わない方がいいんじゃなかったのだろうかと思ったが、なにせ彼らは火影と前火影なのだ、考えがあってのことだろう。

「じゃあ俺は外に出てますから、終わったらまた知らせて下さい。」

カカシはそう言って隠れ家から出て行った。ま、これでとにもかくにも一段落するだろう。変な感じだったがあの男の世話もこれで終わりかな、とカカシは思った。
が、カカシの予想に反して状況は変わらずこのまま現状維持ということになった。

「なんでまた?」

と連絡を受けて隠れ家に戻ってきたカカシは四代目に詰め寄った。

「確かに俺は四代目よりは身動き取れるかもしれないですけど暗部としてはぺーぺーなんですよ?色々と毎日いっぱいいっぱいなんですよ?その上に男の世話って、きついんですけど。」

カカシの嫌味にも四代目はにこにこと笑って取り合おうとしない。どころかならば一層良かったじゃないかと言う始末。

「何がいいって言うんです。」

「カカシは毎日が忙しい、私生活をないがしろにしてしまいそうになるほど。」

うっ、とカカシは呻いた。四代目は相変わらずにこにこと笑っている。

「俺はちゃんとチェックしてるんだよ、カカシ君。君は最近レトルト食品ばかりのようだね、ちゃんと野菜も食べないと大きくならないよ?」

「俺、平均よりも体格いいと思うんですけど。」

「まあ、そんなわけでうみのさんは家事全般を、カカシは買い物だとかを各自分担で行う。うん、利害一致したね。」

「え、利害一致って、どの辺りが?っていうか、うみのさんって言うんですか、この人。」

とカカシは男を見た。火影たちのおかげなのだろう、緊張が取れた男は大分落ち着いて見えた。鼻の横に走る傷が特徴的である。

「うみのイルカさんだよ。暗部では先輩にあたるのかな。でも参考に意見を聞いたりしちゃだめだよ、そういうことは体で覚えなくちゃ意味ないんだからね、カンニングをしちゃあだめだ。」

「誰もそんなこと思ってやしませんよ。」

カカシはふくれた。考えもしていなかったと言うのにこの四代目と言う男は。
するとどこからかくくくと笑う声が聞こえてきた。見るとうみのとやらが笑っていた。なんか嫌な気分だった。人を馬鹿にしていると言うか、まあ、確かに暗部の先輩から見れば自分など赤子同然なのだろうが。でもお前のことで口論してんだよ笑うなよな、とカカシは更にむくれた。そういう考えが子どもなのかもしれないが。

「うみのイルカだ。しばらく厄介になる。」

見たところ20台半ばと言ったところか。瞳の奧に底知れない暗さが滲み出ている。何か釈然としない。本当に木の葉の仲間なのか?と疑いたくなるような態度だ。

「はたけカカシです。先輩ならいつか手合わせお願いします。」

「カカシ、うみのさんは術の後遺症で本来の力の1/10も出ないそうだから、今だったらカカシの方が強いかもしれないよ。」

本来の力の1/10で闘ってカカシが勝てるかどうか五分五分なのか、どんだけの強さだよこの人、とカカシは少しこの男に興味を抱いた。
とにもかくにも2人は奇妙な形ではあったが共同生活をすることになったのだった。